2010年07月29日

千葉法相による死刑執行

千葉法務大臣が2人の死刑執行を命じ、しかも法務大臣として初めて執行に立ち会ったそうだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010072801000327.html

映画「休暇」の生々しい死刑執行シーンの描画を観たものとしては千葉法相がどこまで立ち会ったのか、また2人は同じ刑場で執行されたのか、「支え役」は別の担当者がアサインされたのか、など色々気になる。

1日中ちらちらとtwitterでのコメントを眺めながら仕事していたけど様々な意見があった。

肯定派
・法に定められた法相の職責ではあるものの、熟慮の末の判断、相当の覚悟を持って臨んだのだと信じたい。
・今回の執行に立ち会ったと聞いて、その責任の重さを一生背負って行くという並々ならぬ覚悟を感じた。

否定派
・不信任決議逃れでは
・「立会い」につては、パフォーマンス的なものを感じてしまうことを禁じえません。
・もはや信念もクソもない法務官僚の傀儡だな・・・。
・支持率が下がっている菅内閣の閣僚として支持率回復の一策に死刑を執行したら、世論への迎合との非難は免れない(東京新聞夕刊一面解説記事らしい)
・政権が不安定になってきた菅内閣の人気取り(東京新聞夕刊社会面菊田幸一氏のコメントらしい)
・可視化法案にも背を向けて、残務処理のようにして「死刑執行」とは変節極まった。
・彼女は法務大臣になるまで死刑廃止議員連盟のメンバーだった。再三の申し入れにもかかわらず「死刑制度の国民的な議論」はしなかった。今回、刑場に立ち会っての執行を終えて「死刑の存廃を含めて議論したい」と言い出すあたりは、法務省の操り人形。


全般に否定派のコメントの印象が多いと感じたが、共感できるのは主に肯定派の意見だ。
信念よりも職責を優先したことは評価されるべきだ。あと1ヶ月で職務を離れることが確定しているのだから、信念を優先して執行命令書にサインせずのらりくらりと逃げきることは容易だったはずなのに、逃げずに正面から向き合った。向き合う姿勢は執行への立会いという形でも表れた。
「官僚の言いなり」とか「残務処理」とか「変節」は言いがかりに過ぎない。死刑の執行は現行法に定められた法務大臣の職責だ。
東京新聞の批判は意味不明だ。いつから死刑執行が政権浮揚策になったのか。

「死刑制度の国民的な議論」を喚起してこなかったという批判は千葉大臣の評価として真っ当だが、これは執行そのものの批判には当たらない。

可視化などの司法改革をちっとも進められなかったけれども、死刑廃止論者として死刑と正面から向き合ったという一点においては千葉大臣を評価したい。
もっと早くからちゃんとやってれば先の参院選でも憂き目を見ずにすんだだろうに。
posted by naotok at 00:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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