2009年10月07日

恥ずかしい知事

なんだか恥ずかしい知事が多いようだ。
いや、誰も宮崎なんて言ってませんよ。まあまあ、あれは勇み足ということで大目に見ていいレベルと思いますし。
気になるのは東京都民と千葉県民のどっちが恥ずかしいか。

千葉県は知事選で「完全無所属」と嘘ついたと告発されても晴れて不起訴となった森田健作知事をいただいている。

森田知事:「無所属」の告発、地検が不起訴に /千葉(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/chiba/news/20091001ddlk12010283000c.html
(これってなんで不起訴なんだろう。捜査なんてしなくても公開情報だけで十分に起訴で起訴できそうなのに。また検察審査会で起訴相当がでるかな。楽しみだ。)

調子がいいだけで見識の●●そうな人をよく知事にいただいたものだと思う。県民としては相当恥ずかしいだろう。

でも、東京都民の恥ずかしさに比べれば可愛いものだろう。
都民の声も聞かずにオリンピックの招致に多額の税金を勝手に使って負けて、しかも負け犬の遠吠えで勝者を侮辱したと告発されて・・・日本の恥だ。

16年夏季五輪:石原知事発言にリオ抗議
http://mainichi.jp/enta/sports/general/news/20091007ddm035050147000c.html

東京都民は日本国民に対して謝るべきだ。
私も(石原には投票してないけど)都民として謝ります。ごめんなさい。

知事をリコールしたい。
あと、これ以上に海外で恥をさらさせないために渡航禁止措置にしたい。


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posted by naotok at 23:43| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いまいちな女性ルポライターたち

なんでなんでしょう。
横田由美子氏については以前にも書いたけど、なんか目に付く女性のルポライターとかジャーナリストというのはイケテナイ。

山口県の光市母子殺害事件の被告が犯行当時少年であったにも関わらず実名を本の表題に付けて出版しようとして増田美智子氏が世間を騒がせている。たまたまニュースで会見の様子を見たけど、氏は「本人の許可を得た」と言いながら目が泳いでいた。

いや、本人の許可をちゃんと得ていれば、本人の弁護団から差し止め請求されないでしょ。少年法に抵触するのは明らかなんだから、本人の同意は明確に書面で取るでしょ。
というわけで、まあ、言ってるだけなんでしょう。

草薙厚子氏という方も問題があるらしい。
いわゆる少年調書のコピーを無断で取ったと推定され、それをネタに
「僕パパ」を出版した人だ。

videonews.com - 少年を殺人者のままにしておくことはできなかった(無料放送中)
http://www.videonews.com/interviews/001999/000964.php

氏には同僚のネタを自分のものとしてしまう癖があるらしく、氏を告発する会というのがある。

ジャーナリスト草薙厚子氏を告発する会(被害報告・相談受付)
http://homepage3.nifty.com/01/kusanagi.html

小沢氏の代表辞任会見で「議員辞職は?」と聞いて叱り付けられた何とかテレビのナナミとかいうのもいたな。


女性がダメというわけじゃないけど、なんで目に付くのはこう・・・
ああ、そういえば、東京新聞に検察に厳しい論調の署名記事を書いている女性がいたけど、名前が思い出せない・・・
せっかく署名で素晴らしい記事を書かれていたのに本当に申し訳ないけど、頑張って欲しい。
posted by naotok at 00:07| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

政府および各政党は一票の格差に関する最高裁判決を受けて政治姿勢を表明すべきだ

2007年の参院選の一票の格差問題について最高裁判決が出た。立法府の裁量の範囲として認めたものの、明確に制度的な手当てを求めた内容となっている。

07年参院選 一票の格差 『選挙制度見直し必要』 最高裁無効請求は棄却
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009100102000085.html

これを受けて政府および各政党は立法府としてどのように対応していくべきと考えるのかを表明するべきだ。
民主党の小沢幹事長は定例記者会見(判決が明らかになる直前)で記者から質問を受けて「二院制のあり方から議論しなければならない」とコメントしているが、個人としての見解に過ぎず全く不十分だ。

先の最高裁判事国民審査においては一票の格差判決に合憲意見を出した判事が高い罷免投票率を受けている。これは直前に新聞の一面広告が打たれた関係もあるだろうが、そのような広告が国民の投票行動に影響する事実からもこの問題についての国民の関心は高いといえる。

最高裁審査は「一票の格差」合憲裁判官が罷免率トップに
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001224.php

最高裁の判決も立法府に対して遠慮しすぎていて情けない限りだが、現時点で精一杯の判決なのであろう。立法府としてこれを無視したのではそれこそ司法軽視の謗りを免れない。
特に、政権交代によって一票が軽い都市に強い政党が政権を得た今は一票の格差是正の好機である。来年の参院選に間に合わせようとすれば拙速となりかねないが、参院選後の見直しというスケジュール感と方向性について各政党は姿勢を表明するべきだ。
posted by naotok at 22:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「拘束されていても公共の福祉を害する可能性があるなら死刑もやむをえない」とする論理の危うさ

(10/3 タイトルの誤記修正)
始めに断っておくが、「刑務所で拘束されていても公共の福祉を害する可能性があるかどうかで死刑適用を判断すること」が受け容れられるという主張はおそらく一般的ではない。
それにも関わらずここでこの主張について取り上げるのは、この考え方の危うさについてこのコメントで指摘しただけでは伝われないおそれがあるためだ。

「(刑務所で)拘束されていても公共の福祉を害する可能性がある」という状況は具体的な例示がないので推測するしかないが、刑務所にいても外部の者に対して影響力を行使しうる場合だけだろう。組織性やカリスマ性などの特殊な要因が絡まないと実現しない状況だろうが、組織性にせよカリスマ性にせよ(そして恐らく他の要因にせよ)犯罪自体を法的に構成するものではないだろう。であるとすれば、そのようなものを量刑の考慮に含めて良いものだろうか。しかも収監後の状態を裁判の時点で予測して量刑に加味することになるが、これは非現実的である。
死刑執行の判断要素としてこれらの要素を考えるとしても、それはつまり行政の気に入るように行儀よくしてないと行政の判断で死刑にしてよいということだ。これでは、検察や裁判所ではなく行政に生殺与奪の権利が一任されてしまっている。

当たり前のことだが、刑罰は起訴されて裁判にかけられた過去の犯罪行為と法律を根拠として課されるものである。
犯罪行為や犯罪に至る過程以外に、その人の属性によって量刑が判断されるとしたら受け容れられるものだろうか。少年などのように法律で合理的に保護の対象となっている者の話ではない。男性と女性、サラリーマン、経営者、政治家、主婦、ヤクザ、チンピラ、革命家、アナーキストなどの属性によって量刑が違ってよいのか。

もし違ってもよいなら、そして拘束されても公共の福祉を害し得るなら死刑も認められるなら、サラリーマンや政治家が殺人を犯しても無期懲役で、革命家が殺人を犯すと死刑ということだ。
極論すれば、政治家のスピード違反は無罪放免で、革命家のスピード違反は死刑でもよいことになる。

司法も行政も誤るものだから、こんな大きな裁量を与えるのは危険として、今の刑事裁判制度があるのではなかったか。
posted by naotok at 01:52| 東京 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月25日

死刑は純粋に罰として捉えるべきだ

デミウルゴスの轡銜(ヒカン)の方で行った議論を受けて、自分の立場をもう一度整理したいと思う。

あちらでの議論の中で、死刑廃止論というのは、論者によっては極刑としての死刑を廃止することに拘らないということが分かった。ここでは、そのような立場の論者を極刑としての死刑廃止を主張する立場と区別して、「死刑廃止」論と記述することとする。

「死刑廃止」論では外患誘致罪などの極端に例外的な犯罪に関して死刑が設定されているのは容認されるということである。現行の外患誘致罪の法定刑は死刑のみだが仮にこの犯罪が発生した場合に死刑判決が下されて死刑が執行される場合、「死刑廃止」論者はどのような対応を取るのか興味があるところだ。当然、死刑執行を是認しなければ立場が一貫しない。

このように「死刑廃止」論は生命権の不可侵性の主張を放棄しているといえる。つまり、「殺人罪などの比較的よく発生する類の犯罪の量刑として死刑は過酷過ぎる」という主張と等価である。
これは一つの立場として尊重されるべきであり、このような価値観が普及することにより民主的なプロセスを動かして、殺人罪などの法定刑が軽減されたり死刑執行を停止する法律ができることについて、個人的に反対ではあるが異論はない。

しかし、「死刑廃止」論の立場は安田弁護士の『死刑を認めると、この国の人権や生命は、最悪の場合は奪われてしまう程度のものであることを認めることになる』という批判に背を向けている。以前に書いたように死刑の存廃の分水嶺は安田弁護士が指摘するこの部分であると私は思う。

実のところ、私も死刑廃止の方が正しいのではないかという気がしないでもない。諸外国、特にOECD各国の動向を見ると、何か確固たる理由があって進められていると考えるのが自然だからだ。しかし、その「何か」が何であるかを得ることができなかったので、私は死刑存置の立場を継続せざるを得ない。

また、私の立場としては厳罰化の方向ではあるが、死刑が絶対に必要だと考えているわけではない。例えば死刑廃止がEUのようなものに加盟するための条件になっており、それにより国益が期待できるなら、(筋が通らない思いは残るだろうが)功利的な視点から死刑廃止にも賛成すると思う。


私の立場では、犯人が憎いから殺すのではなく、償いとして殺すのではなく、価値がないから殺すのではなく、社会にとって有害であるから殺すのではなく、ただ単に罰として殺すのである。

遺族は犯人が死刑になれば幾許かの達成感を得られるかもしれないが、行き先を失った憎しみが残るだろうし、悲しみが癒えるわけでもないだろう。
償うというのは原状回復の概念だが、殺人罪で原状回復を考えても意味がない。
人間の価値を評価するようなことを書いている判決もあるだろうが、あれは不遜だと考える。

単に罰であり、報いである。また、やり得を許さない、反社会行為を決して許さないという社会の強い意思の表示であるべきだと考える。

「報復感情を少しでも満たすために死刑が必要」といった報復感情の議論はおかしいと考えている。そういう意味で私は死刑存置論者としては少数派であるかもしれない。
報復感情を満たすことを刑罰の(効果ではなく)目的として認めてしまうと、遺族のいない殺人事件の犯人を処罰する根拠を失ってしまう。また、遺族の人数に応じて量刑を考慮しなければならないことになる。刑罰に報復感情をある程度満たす効果はあるだろうが、そもそも報復感情を充足することはできない。

そもそも刑罰は第一義的には犯罪を抑止するためにあると自分は考える。例えば事故に至っていない交通違反に被害者は存在しないので報復感情は存在しないが、事故を未然に防止するためにも罰は必要だ。
#通常の交通違反は行政罰で処理されるが、ゴネて裁判に行くと行政罰と量的に同等の刑事罰が受けられる。

刑罰が抑止力を発揮するためには、犯罪を犯すと0でない確率で法定の罰を受け、犯罪により得られる利益は(確率を考慮しても)罰のリスクに見合わないと犯罪者が確信する必要がある。

冤罪の問題は死刑に限ったことではない(菅家さんの名誉は回復したが、原状回復したといえるのか)が、それでもやはり死刑の最大の問題は冤罪であると思う。
冤罪の可能性については、再審請求がされている事件については死刑を執行しないというような運用の変更をすればいいと思う。当然、法改正は必要だ。ほとんどの死刑が形骸化するかもしれず、それによって罪刑法定主義の理念に反すると批判されるかもしれない。それでも無罪の可能性のある人を処刑するよりはよいと考える。これは事実上の「終身死刑」の創設である。また、財政面を考慮して、再審請求中の受刑者は懲役を行うべきだろう。
ここでは一度議論になったが、罪を認め、死刑を受け入れたものが死刑を執行されることに対する具体的な異議は受けていない。
posted by naotok at 00:36| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

千葉法相に法に基づいた執務を期待する

16日に発足した鳩山内閣で法務大臣に任命された千葉景子氏は「死刑廃止を推進する議員連盟」(廃止議連)に所属しているということで、死刑が執行されるかどうかが注目されている。

千葉氏の個人としての思想信条として死刑に反対するのは尊重されるべきである。ましてや、これを前提として国民の負託を受けて国会議員となっている。

しかし、現行法の下では死刑は執行されなければならず、死刑の執行には法務大臣の同意が必要である。延期するための合理的な理由が個別にあるような案件以外では滞りなく死刑が執行される必要がある。これが担保されなければ、法治国家における最も基本的な原則である法の下の平等が損なわれることになる。

死刑廃止もしくは死刑執行停止を唱えるとしても、法務大臣が立法を伴わずに個人的な思想信条に基づいて執行を差し止めるのは職権濫用である。この職権濫用の問題を回避するためには立法行為が先行する必要がある。

法の下の平等は重々招致であろうし、ましてや法の下の平等よりも確定囚の生命権を優先すべきとはお考えにならないとは思うが、法相としての責任ある職務をまっとうしていただきたいと思う。
posted by naotok at 02:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月18日

民主党政権の情報公開に関するアップデート

どうやら916事件の震源地は平野官房長官らしい。要注意人物指定だな、こりゃ。
(写真は民主党ホームページ内のもの)

記者会見クローズの主犯と鳩山さんとリバイアサンの関係 (神保哲生オフィシャルブログ)
http://www.jimbo.tv/commentary/000585.php

でも岡田外相は完全開放するらしい。

岡田外相:全メディアに記者会見を開放 フリーも
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090919k0000m010081000c.html
(ここで付けられている記事投稿条件は、要は実体のあるジャーナリストであることを担保するための基準と思われる)


政府の会見が完全フリーになるのも間近と思われる。
大きな懸念を呼んだ滑り出しの失態だったけど、若干スリップしただけで済みそうな予感。
posted by naotok at 23:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地球温暖化論争@朝まで生テレビ

(2009/10/1時点では消されているようです。有害と判断されたからではなく、著作権違反だからとのことですが)

YouTubeで8月の朝まで生テレビのビデオを見つけた。
(科学的な思考の訓練をしていない人は見ない方がいいです)


爆笑しながら観た。丸山教授と武田教授が話し出すと笑いが止まらない。全然議論になってない。お互い科学者なのに、この二人は科学の土俵で話をしていない。でも、番組が成立してしまっているのもシュール。
また、コメント欄もシュール。江守さんサイドのコメントは消されてるんだろうか。
江守さん、こんなの相手にしないといけないなんて大変だ。頑張ってください。

温暖化懐疑論は存在は知ってたけど論旨はよく知らなかった。こんなレベルのお話ならネタにしかならないから、もういいや。

何気に政治がらみなので、政治話カテゴリで。

「それアンフェアだから。アンフェア」 笑
科学的な思考の訓練を行っていない人は武田教授の横槍でどっちが正しいのか分かんなくなっちゃうんだろうな。ネタとして面白いんだけど、テレビで一般視聴者に見せるものとしては有害です。
posted by naotok at 00:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

鳩山政権、最初の改革に失敗!? orz

官邸の記者会見が記者クラブ加盟各社以外にオープンになるかどうかが一部ネットメディアで注目されていたけど、どうもこの最初の非常に重要な改革は失敗したらしい。
非常に残念な感じだ。

民主党政権は「記者クラブ帝国主義」を打破できるのか? 首相就任会見の生放送に挑戦する!(生放送は終了しました)(THE JOURNAL)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/09/1750.html


記者会見がオープンになることの重要性はこちらのビデオで。

民主党 記者クラブ開放の公約を反故に 神保哲生 x 上杉隆(YouTube)
http://www.youtube.com/user/fotosintesi114ii#play/uploads/7/kdi_xB0_c4o


雑誌記者や海外メディアを入れたというのは進歩なのだろうけど、制限されないことが重要なのだ。
ところで、ぶら下がり会見を1日1回に減らすという方針に対して記者会が言うところの「首相への取材機会を減らすのは認められない」はどういう意味なんだろうか?
「認める」とは何様? 質問は記者会見でしてください。

首相会見、雑誌記者にも開放=「ぶら下がり」は制限要求−民主(時事)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009091500891
posted by naotok at 23:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「休暇」

videonews.comのこの記事↓で話題になっている「休暇」という映画を観た。この記事は「5金」なので会員でなくても無料で観られる。

なぜ日本人は死刑が好きなのか
http://www.videonews.com/on-demand/0371371380/000777.php

マル激の二人(神保さんと宮台さん)は死刑廃止論者だ。観たビデオの中ではなぜ死刑を廃止すべきだと考えているかハッキリとは言っていなかったが、「先進国は死刑を廃止して当たり前」というくらいには考えていると読み取れた。

「休暇」は二人が絶賛していた映画なので、死刑廃止に偏ったテーマかもしれないと思っていた(失礼)が、その点に関しては全く問題はなく、中立の立場で客観的にドラマを描いていた。
ずっしりと重い。一度観ただけでは消化しきれない。

簡単にさわりだけを紹介しておこう。
3年ぶりに死刑の執行をすることになった刑務官たちを中心にしたドラマ。受刑者の罪状についてはほとんど描かれないが、性格や生活についてはじっくりと描写される。主人公は刑務官の一人で、刑の執行に当たり一つの決断をするが、これがタイトルの「休暇」に関連する。
そして刑が執行される。
刑の執行の描写は生々しく、死刑存置派である自分の胸にも重く響いている。

レンタルなので、返却するまでにもう一度観たいと思っている。
演技が素晴らしくて、映画としては間違いなく面白い。社会的な問題に関心を持てる人には自信を持ってお勧めできる映画だ。

http://www.discas.net/netdvd/goodsDetail.do?pT=0&titleID=1148631689
posted by naotok at 00:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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